虎と馬と教育と

73年前の8月9日11時02分、
長崎に原爆が投下された。

長崎で育った人ならば、
その日時を正確に記憶していることだろう。

その理由は、夏休みの登校日にある。

長崎の小学校、中学校、高校では
もれなく8月9日が登校日に指定されている。
そして、11時02分になればサイレンが鳴り渡り、
黙祷を捧げるのだ。

それだけではない。
その日は、平和を祈念するために、
被爆者の声を聞いたり、
原爆の映像を観たりする。

ぼくはこれが心底イヤだった。

もちろん、平和を祈念することが、ではない。
戦争の資料や映像を観ることが、である。

戦争は悲惨なものだ。
そして、それを語り継ぐ必要性もあるだろう。
ただ、「悲惨な映像を観せる」ことが
その正しい伝え方だとは全く思わない。

殺人はダメだと伝えるために、
殺害現場や死体を見せる必要があるだろうか。
多くの場合、世の中でそんなことは行われていないはずだ。

そんな過激な「教育」を受け止めるだけのうつわは、
少年のぼくにはなかった。

ただただ怖かったし、
ただただ辛かった。

今でも原爆の映像を観れば
心がザワザワするし、
「はだしのゲン」は表紙を
めくることもできない。

大人になる過程で、もっと残酷な描写の
映像や漫画にも出会ってきたはずだ。

でも、それらとは一線をかくす
何かがぼくの中には確かに存在している。

それをきっとトラウマと呼ぶのだろう。

「戦争は良くないことだ」と認識するために
この経験は必要なかったと、大人になった今でも思う。

平和を願うのと同時に、
少年少女に適切な平和教育が行われることを、
心から願う。

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